人はどんな構造で判断しているのか? ─ 位置を返す装置としてのmeiha seed

前提が変わった話

こんにちは、みいたくです。

 

人は、出来事そのものよりも先に、

「どこから見るか」で判断していることが多い気がします。

同じ状況でも、焦る人と落ち着く人がいる。

決められる人と、決めるほど分からなくなる人がいる。

僕自身は、焦ってしまうし、まとまらず決められないことが多かったです。

よく「能力・根性・性格の違いだから仕方ない」と言われます。

でもmeiha seedに触れて、僕はもうひとつの可能性を知りました。

それは、判断が生まれる“位置”が違うという見方です。

 

meiha seedは「現時点の人間構造を見る装置」

meiha seedについての説明に、こんな言葉があります。

meiha seedは「現時点の人間構造を見る装置。」

正解を与えるわけではない。行動を指示しない。生き方を決めつけない。

その代わりに、判断が狂わないように位置を示すための情報を渡す。

ここを読んだとき、僕は腑に落ちました。

たぶん、meiha seedが「正解を与えない」と言うときの正解は、

唯一の正しさや、やるべきことのようなものを指している。

でも同時に、meiha seedは“答え”も返している。

それは、今の自分が立っている座標(位置)の答えです。

僕は、その座標が言語化された瞬間に、

「だから気持ちのふたが取れたのかもしれない」と感じました。

 

判断は「結論」より先に、前提で傾く

僕はよく「どうしたらいいか?」を考えます。

でも実際には、その前に「どう見られているの?」を強く意識していました。

  • 失敗したくない

  • 期待を外したくない

  • 人に迷惑をかけたくない

  • 正しくありたい

これらの前提が強いと、判断はどんどん“安全側”に寄っていきました。

逆に、前提が違えば、同じ選択肢でも、別の意識になる。

迷いの中心には、情報不足だけじゃなく、

自分の前提がどこに置かれているかが絡んでいる。

僕はそれに気づきました。

 

人間構造は「前提」「視点」「重心」でできている

言葉にすると、人の判断はだいたい次の3つで形が決まるようです。

  • 前提:何を守ろうとしているか(恐れ・価値・規範)

  • 視点:どこから見ているか(当事者/俯瞰/周辺/全体)

  • 重心:何を優先して決めるか(速さ/整合/納得/関係性)

これがズレると、頑張っても判断が噛み合わなくなる。

「正解を探しているのに、ずっと苦しい」みたいな状態です。

 

meiha seedが返す答えは、「正解」ではなく「位置」

meiha seedは、唯一の正しさを押し付けない。

行動も指示しない。生き方も決めつけない。

でも、ここが重要で、

判断が狂わない位置を示す情報は返してくれる。

僕にとってこれは、十分に答えになりました。

未来の正解じゃなくて、今の自分の座標という答えです。

「ここに立つと判断が安定する」

「ここから見るとズレが減る」

そういう戻り先が言語化してくれる。

この答えがあると、判断は速くなるというより、

判断が重くならなくなることを体感できます。

 

僕は受けた直後から、劇的に変わった

思想として書くつもりでも、ここだけは外せません。

僕はmeiha seedを受けた翌日から、体感として劇的に変わりました。

大きく環境を変えたわけでもない。

大金を使ったわけでもない。

何かを始めさせられたわけでもない。

ただ、日々の楽しみの見つけ方が変わっていきました。

「何を選ぶか」より先に、

「どこから選んだか」が整った、そんな感覚です。

 


未来に対して、不安がある。

自分の構造と立ち位置を一度だけ確認する、

という選択肢もあります。

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