有資格者・公務員は今も安定の象徴なのか? ― 働きの立ち位置が静かに変わった

定点

こんにちは、みいたくです。

 

長いあいだ、資格を持っている人や公務員は、

安定的に人生を歩む人たちだと受け取られてきました。

それは誰か一人の意見ではなく、

社会の中で広く共有されていた感覚だったように思います。

今、その言葉をそのまま使うことに、少し迷いが生まれています。

 

安定と結びついていた頃の感覚

かつて、社会は拡大し続けていました。

人は増え、組織は続き、制度は時間とともに整っていくものだと考えられていました。

資格は特別なもので、一度身につければ簡単に代わりが出てくるものではない。

その感覚の中で、有資格者や公務員は安心を示す分かりやすい目印でした。

 

今、聞こえてくる声

今は、違う声が聞こえてきます。

資格があっても将来が読みづらい。

公務員でも、余裕があるとは言い切れない。

選んだ道が間違っていたというより、思っていた重さと違う。

そんな感覚に近いものかもしれません。

 

環境のほうが先に変わっていた

人の数は減り、支える側の負担は大きくなっています。

仕事の中身は整理され、誰がやっても同じ形に近づいていきました。

組織が人を長く包み続ける余裕も、少しずつ小さくなっているように見えます。

 

働きの立ち位置を置き直すと

有資格者や公務員という立場が、

意味を失ったわけではありません。

ただ、それだけで安心が自動的についてくる状態ではなくなった。

かつては、制度が人を守る形が強くありました。

今は、人と制度の距離が少し離れています。

 

静かに起きている位置の変化

その変化が、

「安定だと思っていたものが、そう感じられない」

という感覚として現れている。

働き方そのものではなく、それを支えていた立ち位置が、静かに動いているように見えます。

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