テレビは、まだ社会の中心にある? ― メディアの位置が静かに動いた話

定点

こんにちは、みいたくです。

 

かつて自宅では夜になると、自然とテレビの電源が入っていました。

決めた時間に番組が始まり、その流れに合わせて一日が終わっていく。

そんな感覚が、生活の中に溶け込んでいた時期があったように思います。

テレビに出ている人は、身近な存在というより、どこか遠い場所の人でした。

同じ国にいても、簡単には触れられない世界にいる人。

だからこそ、テレビに出るということ自体が特別だったのかもしれません。

今もテレビはあります。

ただ、かつての中心にあるかと聞かれると、少し考えてしまいます。

 

かつて、テレビはどんな場所だったか

以前のテレビは、社会の空気をそろえる場所でした。

同じ時間に、同じ映像を見て、翌日にはその話題が自然と会話に出てくる。

情報は待って受け取るもので、発信できる人は限られていました。

だからこそ、画面の中にいる人は自然と選ばれた存在に見えていたのだと思います。

 

いつの間にか変わっていたこと

その風景は、ある日突然壊れたわけではありません。

気づかないうちに、少しずつ形を変えていきました。

情報は、決まった時間を待たなくても手に入るようになりました。

自分の関心に合わせて、見るものを選ぶ。

そんな感覚が当たり前になっていきます。

発信する側も同じです。

YouTubeTikTok を通じて、個人が直接、誰かに届くようになりました。

テレビは、その流れの中で

「必ず通る場所」ではなくなっていきます。

 

今のテレビは、どう見えているか

今、テレビに出ている人が以前ほど遠く感じられないことがあります。

それは親しみやすくなったというより、距離の測り方が変わったような感覚です。

スターが消えたわけではなく、スターが生まれていた仕組みが変わった。

そう考えると、今、テレビに対する見え方は不思議ではありません。

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