海外から来た人たちが、
数週間から数ヶ月単位で旅をしている様子は、
日本各地で日常的に観測されています。
日本だけでなく、
複数の国を移動しながら滞在する人も多い。
一方で、
彼らの母国では物価が日本より高い、
という話もよく聞かれます。
この二つは、
一見すると矛盾しているように見えます。
まず観測できるのは、
収入が「どこで発生しているか」と、
支出が「どこで発生しているか」が分離しているという点です。
多くの長期滞在者は、
滞在国で収入を得ていません。
収入は、
母国の企業、国外の顧客、
あるいは過去に形成された資産から
発生している場合が多い。
生活費は、
相対的に物価の低い国で支払われている。
繰り返し見られる構造として、
時間と収入が結びついていない状態があります。
一定期間働くことで、
長期間の休暇が可能になる人もいれば、
場所に関係なく収入が発生する形を
すでに持っている人もいます。
この場合、
「休んでいる=収入が止まる」
という前提が当てはまりません。
見落とされやすいのは、
彼ら全員が高所得というわけではない点です。
収入水準そのものよりも、
・長期休暇が前提に組み込まれている
・休むことが評価を下げない
・人生の中で「働かない期間」が想定されている
といった前提条件が、
社会や雇用の中に組み込まれています。
また、
ロングバケーションは
「贅沢な消費」としてだけではなく、
人生の一部として扱われています。
住居を持たない、
持ち物を最小限にする、
移動を前提に生活を組み立てる。
その結果、
高い物価の国に住み続ける必要がなくなり、
支出全体が調整されています。
この構造の中では、
数ヶ月の旅は特別な挑戦ではなく、
生活の延長として存在しています。
日本人の感覚で見ると、
「なぜ可能なのか」という疑問になりますが、
それは能力の差というより、
時間・収入・生活拠点の前提が異なる位置にある
という違いとして観測できます。
