現象の観測
案件や投資の場では、よく聞く言葉がある。
「お金持ちになりたい」
「今より楽に生活したい」
年齢も職業も関係ない。
若い人も、会社員も、主婦も、経営者も言う。
だが、続けてこう尋ねると、言葉が止まることがある。
「いくら必要ですか」
「そのお金で何をしますか」
明確な数字や目的が出てこない場面が少なくない。
漠然と増やしたい。
安心したい。
余裕がほしい。
目標はあるが、設計はない。
なぜ起きるのか
日本社会は長く、
「安定収入=安心」
という前提で動いてきた。
企業に勤める。
給与をもらう。
年金がある。
収入は生活を守るものだった。
そのため、
「何をしたいか」よりも、
「いくらあれば安心か」という思考になりやすい。
だが安心の基準は曖昧だ。
物価は変わる。
税金は変わる。
制度も変わる。
価格決定権は市場や制度側にある。
個人は提示された条件の中で生活する。
「お金持ちになりたい」は、
価格を握りたいという願望に近い。
だが、
価格決定構造に立っていないまま、
収入だけを求める。
ここに違和感がある。
平面願望と立体設計
多くの場合、
お金は目的ではなく手段だ。
だが手段が先に立つと、
設計が空白になる。
平面構造では、
収入は増減する。
止まるとゼロになる構造。
投資の波。
案件の波。
景気の波。
波を待つ構造は、
安心を作りにくい。
立体構造は異なる。
何をしたいか。
どんな生活を送りたいか。
どんな立ち位置でいたいか。
そこから逆算される収入設計。
履歴として残る構造を持つ人は、
金額だけを追わない。
信用が積み上がる。
収入は副産物になる。
プレイヤー構造とメディア構造
案件市場では、
プレイヤーは参加者だ。
価格は主催者や市場が決める。
メディア構造に立つと、
発信が履歴になる。
立ち位置が固定される。
価格を提示する側に近づく。
「お金持ちになりたい」と言う人の多くは、
プレイヤー構造にいる。
構造を変えないまま、
金額だけを変えようとする。
問い
あなたは今、
価格を決める側か、決められる側か。
あなたの信用は履歴になる構造にあるか。
あなたの収入は時間に縛られているか。
「お金持ちになりたい」は、
本当にお金の話だろうか。
それとも、
立ち位置の話だろうか。
これは能力の差か。
それとも立ち位置の差か。

